第四章:「青春」は美しい
恥ずかしい「青春」
どうも日本人は「若い」と言われる時嬉しいと思います。しかし、「若い」とよく似た「青春」はどうでしょう。例えば、誰かに「あの人、青春している」と言う言い方には少しあざけりのニュアンスが含まれます。青春を使うこと自体、何か気恥ずかしい気がしたのです。この言葉は、すでに死語になりかけているかもしれないが、私は「青春」と言う言葉へのこだわりを捨てることができません。つまり、我々はすでに何かを失ってしまっているでしょう。
三四郎と私
人生は四季に例えると、「春」に当たるのは、青春時代ということでしょう。人間は何にかを卒業し、次のステップへ進んでいく時期です。しかし、立ちを往生したまま動けない人もいます。つまり、春と言うのはある意味で残酷な季節であるとも言えます。
自分の青春を考える時、いつも懐かしい重ねて思うのは瀬石の「三四郎」です。三四郎は東京の喧騒のさなかに放り出されて、右往左往して、恐れと不安をいっぱい募っていた。上京したてのころの私は三四郎にそっくりでした。しかし、今は少し違います。小説が書かれたのは、日本は日露戦争で勝利し、本来ならもう少し時代に対する希望があるのですが、それがないのです。「三四郎」の中には、「時代は不幸な方向に向かっている。その流れを変えることはできない」と言う思いです。私は漱石文学の登場人物の中に、何か非常に「さまよっている」イメージを感じるのです。
当時の私の中にも、「末流意識」がありました。世界に対する疑問、また、自分の生きる意味の疑問は頭から離れませんでした。意味がわからないから不安になり、不安だからまた意味を求めてしまう。とにかく何かを求めないではいられない、というのは当時の私でした。
大学時代の私はウェーバーに夢中になりました。ウェーバーは生きづらい世界の中で人間はどう生きていくのかをもがきながら必死に問いかけていた。ウェーバーも漱石も、その青春時代を見ると、答えの出ない問いに苦しみづづける「青白い苦悩」と言ったようなものを感じます。当時の私は「私だけではなく、この人達もそうなのだ」と、励まされるような思いを抱いたのです。
無垢なまでに意味を問う。
答えのない問いに悩んでしまう。大人は、そのようなことは初めからしません。だから、私は青春とは、無垢なまでに物事の意味を問うことだと思います。「知りたい」というのは自分の内側から湧いてくる渇望なのです。未熟だから疑問を処理できなくて、自分を救われるころもあるし、危険に落ち込んでしまうこともあります。でも、それが青春と言う。ものです。青春とは明るいばかりのものではなくて、残酷なこともあります。特に問題がない人でも疑問や不安が考えさせられてしまう時期必ずあると思います。
脱色されて乾いた青春
今、そのような苦悩とは無縁の青春を送っている若者がたくさんいます。そういう人達は、一見老成しているように見えます。が、本物の老成ではなく、そこの浅い老成です。つまり、気分的に老成しているだけだと思います。彼らはあらゆる人間関係においてあっさりしています。本来言うところの青春は、他者との間に深い関係性を求めようとするものです。しかし、今は、そうしたむき出しの生々しいことは極力避ける人は多い。それは、良い悪い問題ではないが、私は人間関係におけるインポテンツではないかと見ています。
先日、韓国のソウル大学に行ったときにも、それを感じました。あの大学の学生は余計なことを考える時間があれば、スキルを身につけたり、英語などを勉強したりすべきです。おかげで、確かに英語のレベルは非常に高いようですが。私は何か違和感を覚えています。彼らは一流企業に就職できて高給をとれるかもしれません。しかし、その代わりに、青春だからこそ心から湧き出てくるひたむきなものを置き忘れてしまうのではないでしょうか。誰の人生の中にあるはず「青春」というものが知らずに終わる。それは不幸なことではないでしょうか。
他人とは浅く無難につながり、できるだけリスクを抱えこまないようにする。世の中で起きていることにはあまりとらわれる。そんな「要領のいい」若さは、最初から脱色されている青春ではないでしょうか。そして、脱色されている分だけ、その裏返しとして凶悪なものや、醜いものを引き起こすこともたくさんあります。
また、青春と言うのは年齢ではないと思います。若いころから悩み多い人間でしたが、中年になっても変わらず、ことあるごとにたち止っては考え込んできました。年をとっても。青春の要素をいまだに持っているからでしょう。幼稚ということでもあるのですが、私はそれでいいじゃないかと思います。人間が老成すると言うことは、極端に二つの形があります。それは「表層的に老成する」の形と「青春的に老成する」の形です。
私は青春のころ、自分への問いを続けていました。結局、解を見つからなけれども自分が行けるところまで行くしかないのだという解をみつかりました。いつも相変わらずそう思っています。青春は挫折があるからいいのだし、失敗があるからいいのです。
第五章 「信じる者」は救われるか
「スピリチュアル」百出
前世、世の中を注意してみると、新興宗教も含めて、「スピリチュアル」と言われます。ただ遊びとして面白がっている人もいるでしょうが、真剣に身を預けている人も少なくないでしょう。多くの人がスピリチュアルに魅かれるということは、それによりかかる度合はともかくとして、今の人々の「心」がかなり抜き差しならないとまできているせいではないか。
昔から「信じる者は救われる」と言われます。今の我々はの心の問題の多くは、「何にも信じられない」と言うところが原因ではないかと思います。「信じる」と言う行為はきわめて重要で、それは、「物事の意味を問う」と言う問題と密接に関係しています。
宗教は「制度」である
現在の宗教は個人が自由に選べますが、かつての宗教は人々は選べなかった。つまり、昔、宗教と言うのは「個人は信じるものではなく」、「個人は属している共同体が信じているもの」だったのです。だから、「私は何を信じたらにいのか」と言う問いが生まれてきませんでした。これは、非常に幸せな状態だったと言えます。なぜかと言うと、すべての問いに対して、周りの世界が、あらかじめ用意してくれたのです。今我々は「個人の自由が縛られていて不幸だった」ともいます。が、当時の人々はけっしてふこうではなかった。
人「自由」から逃げたがる。
信仰の覆いがはずされ、「個人」がすべての判断が託されてしまった近代以降、解決しがたい苦しみが始まったといえます。宗教などをぬいて、自分のやっていることの意味を自分で考えるのは非常にきつい要求です。これは人にとって大変な負担ですから、耐えられない人も出てきます。そこで、心のよすがとして、宗教が必要とされます。だが、科学と合理主義の洗札を受けた今我々は以前のように虚心に信じることできなくなった。では、どうしたらいいのかわからなくて、迷い子になりそうな不安に襲われるでしょう。一九二〇年代以降、ドイツが個人主義から全体主義へと移行してしまったことは一つの例として、人間は自由から逃げる傾向があるです。
「一人一宗教」「自分が教祖」
現代、「個人」はキーワードになっていて、「個人の時代」とも言えます。ばらばらに切り離された個人個人が、情報の洪水と巨大化されたメディアのなかに、何にを信じるのか分からない、何にも信じない、無機的な気分になっているのではないでしょうか。そして、ウォークマンかIPODのように自分の都合に合わせて、着脱可能な「プチ宗教」として利用する状況になっている。人がそれによって何らかの答えや満足感を得ているなら、それでいいです。つまり、それを信じるか信じないかというのも、個人の自由です。ですから、究極的には、「信じる」ということは「何にかを信じる」ということではなく、「自分に信じる」ということになります。言うなれば、「一人一つ宗教」「自分が教祖」なのです。
確信するまで悩むしかない
人生とは、自分がどうすべきなのか選択せざるをえない瞬間の集積であり、それを乗り越えていくなめには、何にかを信じて答えを見つけなければなりません。人は信ずるところのものから、物事の意味を供給されます。意味をつかめていないと、人は生きていけません。そのため、様々な方法があります。しかし、何のものに頼らずにウェーバーや漱石のように、自分の知性だけを信じます。そして、彼らに最も尊敬の念を感じるのは、彼らは「自我」「何にを信じるか」と言う難問に、独力で立ち向かってつづけたからです。ウェーバーは神なき時代の信仰者のように、自分の知性を信じてぜったに譲らない人でした。漱石も同じく、彼の苦しみを何にも託するころができず、さらに苦悩します。彼らの著作を見ていると、その一字一字が血の滴るような苦行の痕跡なのではにかとか感じます。
そして、かく言う私も、自分を信じるしかない、「一人一つ宗教」的に自分の知性を信じるしかないと思っています。自分でこれだと確信できるものが得られるまで悩み続ける。あるいは、その方法しかないの信じる。それは「不可知論」と言う人もいるでしょうが、中途でやめてしまったら、それこそ何も信じられなくなるのでわないか。