Suy nghĩ tạo nên hành động,hành động biến thành thói quen,thói quen làm nên định mệnh.

国語表現のレポート 第一回

 「日本語は他のすべての言語に対して特異なものだ」という考えは昔からありました。私はそいう考えを認めます。私は日本に来てから2年間で日本語を勉強していました。私は日本語を勉強する前に日本語は特にベトナムや英語とは変わらないだろうと思っていました。だが、日本語を勉強すればするほど、日本語は特色な言語と思ってきました。その理由は日本語の多様性です。
 日本語の多様性の一番判りやすいのは日本語が平仮名,カタカナ、漢字の三つの種類に分けられている、同じ漢字でも音読みと訓読みがあります。それに比べて、英語とベトナム語はアルファベットを使われていない、または中国語が漢字しかない。このことは、日本の文化と関わると思います。日本人は外来語を多く使っています。そのため、日本語はより多く表現を表すことができます。もちろん、より多く表現があるとともに、日本語を習うのにもっと難しくなります。
 また、同じ意味でも、場合によってまったく違う言葉を使います。私はそれが日本語の面白い点と思います。例えば、IとYou だけでも日本語で私、俺、僕、貴方、君、お前様々な言葉があります、その言葉によって表現が違います。日本語が尊敬語と謙譲語を細かく分けられています。他の言語もそのようなことがあるが、日本語のように細かく分けられていません。そして、地域、性別、年齢、地位、状況によっても言葉遣いが違います。グロータースは「日本人は実に語学の天才だ」といった、私はそれは言い過ぎないと思います。英語、ベトナム語では単なる意味を伝える役割しか有りますが、日本語は言葉だけで意味だけではなく、人の感情も含まれています。そのため、外国人に限りなく、日本人でも日本語を上手に使うのに難しいです。だが、その難しさの代わりに自分の感情を表せるし、相手の心も捕まえるし。そのおかげで、人間はお互いに理解しやすくなります。
 日本語が役割、表現が非常に多いから、日本語をどうのように正しく伝えるのが大切だと思います。